styloの映画日記

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ハネケ『ハッピーエンド』感想 静かな海に向かっていく華麗なる一家

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ミヒャエル・ハネケ監督・脚本の描きだす地方都市の名士一家のどろどろとした内実を3世代の交流を通して切り取った作品。

 

登場するのは、主(ジャン・ルイ・トラティニャン)、娘(イザベル・ユペール)、孫1ピエール(フランツ・ロゴフスキ)、息子(マチュー・カソビッツ)、前妻、孫2ジャンヌ、後妻、孫3ポール。

ストーリーは、主人の息子の初めの妻との間に生まれた娘、ジャンヌが起こしたある事件をきっかけに動き出す。

 

邸宅には、モロッコ人の使用人家族と番犬もいる。まさにフランスの地方の裕福な一家の優雅な日常が描かれている。

 

しかし、その食卓は冷たくみな表情も硬い。ハッピーはどこにあるのか、見ている私たちの居心地を悪くさせる。登場人物が揃ったことで、この一族の業ともいうべき、愛と死との激しい向き合い方が徐々に明らかになっていく…。

 

 

(以下ネタバレ)

ハッピーエンドという題名から想像される家族のほのぼのとした幸せや、心温まるエピソードは皆無だ。まず、ジャンヌは、煙たい存在だった実の母を薬殺。主は愛する妻を介護の末絞殺。その秘密を抱えて淡々と日々を過ごしている。

 

特にまだ13歳のジャンヌの感情のないふるまいにはぞっとする。日常的に食べたり、出かけたり、勉強したり、今どきの子らしくユーチューブをみたりしているけれど、心がどこにあるのかわからない。

久しぶりに同居することになった父親の女癖を見抜いたり、チャットをのぞいたり、ぞっとするほど冷静だ。

ジャンヌがスマホで撮影した映像が作中には何度も出てくるが、これは彼女の見ている世界観を表している。すべてがフレーム越しの他人事なのだ。自分が母に薬を盛っていても、それは遠い世界のストーリーのよう。感情が動かないから、楽勝なんだ。

 

子どもらしく振舞うことにもたけていて、義理の弟のポールをあやしたり、転校時には不安定に涙を見せたりする。ジャンヌは、同じ秘密をもつ祖父である主とは通じ合うことができる。彼は、会った時から死の影を感じ、「この子がいると妙な感じがする」と言っていた。

 

感情のなさと、冷静な判断力、行動力がこの家族には強く遺伝している。

 

その象徴的な存在がもう一人、イザベル・ユペールの演じるアンヌ。父親の家業を継ぎ、やり手の女経営者として堂々とふるまっている。仕事で起こった事故の処理や、父親の徘徊、使用人の子の怪我など、常に冷静に次善策をもって対処している。

ハネケの作品では、常に冷たい美人として描かれる彼女がここにも見られる。そして優秀なビジネスパートナーでもあるイギリス人の婚約者(トビー・ジョーンズ)を選んでいるところも実用的な印象を受ける。

 

そしてこの作品で最も異質な存在が、アンヌの息子、ピエール。

一家にとって出来損ないの彼は、仕事出もダメ、恋愛もダメ、ついに家を出ていく。圧倒的なアンヌの支配から逃れるために、もがいている様子は痛々しい。

印象的なシーンは、カラオケでシーアの「シャンデリア」躍りながら熱唱するところ。滑稽に見えるけれどとても人間らしいし、彼の苦しい状況が伝わってくる。歌詞のように、「感情を押し殺して生きるパーティーガール」がまさにピエールの状態なのだ。

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ラストシーンのアンヌの婚約披露式でのピエールの暴挙も痛々しいけれど、ちょっと応援したくなる。そして、最後は、結局アンヌの冷淡な力技で押し切られて丸く収められるところも哀れだ。

カレー市というと、フランスとイギリスの差向う町だ。最近は、イギリスを目指す移民たちが集まって「ジャングル」という難民キャンプを作ったことで、注目されていた。ヨーロッパの移民問題の象徴的な場所になっていた。このジャングルは撤去されている。

この作品では、主が車いすで徘徊するところと、最後のパーティーで黒人の若者たちが描かれている。ピエールは必死で彼らを見てそうした問題を提起しようとしているが、周囲の冷ややかな目線のもと空回りしている。当の若者たちも、困惑している様子がさらにピエールを浮き立たせて見せていた。

 

この愛がない一家のハッピーエンドが、死でしかないことはジョルジュの願望を通して見えてくる。ただ、ジャンヌの目でとらえた、すべてが他人事のように過ぎる人生は、この作品の中だけの話ではない。

日本での少女の薬殺未遂事件をニュースで読んで、この映画のきっかけになっていることは事実です。 …この少女がなぜSNSにポストしていたのかと思うと、匿名で投稿していても、どこかで発見されるかもという思いがあると思うんです。私が思うには、注目を集めたいという気持ちが一つあって、もう一つは罰を受けたい、という欲求、そいうものがモチーフにあると思う…

 

ミヒャエル・ハネケ、「ハッピーエンド」は日本の事件からインスピレーション受けたと明かす : 映画ニュース - 映画.com

ハネケ監督が実際にこう話しているように、どこまでも他人事の人生は人の心をゆがめてしまう。一生懸命生きようとして馬鹿なふるまいをしてしまうピエールに心を寄せてしまうのは、そういう社会へのアレルギー反応なのかもしれない。