styloの映画日記

WEBライターによる映画の感想、コラムなど雑記ですが記していきます。

アルモドバル監督「ジュリエッタ」感想 ある女性の人生に見た希望の話

 

ジュリエッタ [Blu-ray]
 

2017年4月 飯田橋ギンレイホールにて

 

ジュリエッタ』 2016年 スペイン

監督 ペドロ・アルモドバル

主演 エマ・スアレス&アドリアーナ・ウガルデ

 

物語は過去に大きな後悔を残した女性ジュリエッタが、新しい人生を踏み出すことができず、忘れ物を取りに行くように自分と向き合う様子が回想を交えて展開する。

  

過去を捨てきれない或る女の話

大きな重しをかかえているような、覇気の感じられないジュリエッタの姿。現在のパートナーも彼女の抱える過去の存在に気づいていたけれど、追及することはなかった。そのまま二人で新しい人生を進めるという日にすべてが変わる。

ふとしたことで過去のパンドラの箱に手をかけてしまったジュリエッタは、そこからめをそらすことができなくなってしまう。

未来への旅立ちの日に、別れを告げられるパートナー。そして過去に向かって後退していくジュリエッタ。この別れが物語の始まりになっている。

住んでいた場所も、職業も違う若いころの自分を振り返る。その時に大切に思っていた人のことも、ジュリエッタはすべてを書き記しながら回想している。

若いころの回想で、ジュリエッタを演じる若さあふれるアドリアーナ・ウガルデ。ジュリエッタは年を重ねたエマ・スアレスが演じる姿も美しいけれどどこか影がある。その若いころはなんとはつらつとして、目が輝き、屈託のないことか。肩の張ったファッションや、メイクからも時代の経過が感じられて、時間を、時代を簡単に超えていく映画の世界に引き込まれる。

 

私のもとに帰ってくる

ジュリエッタが過去を捨てたのには理由があった。愛する夫を最後まで信じ切れず、不幸な事故で亡くしたことへの罪悪感。それゆえの娘との別離。

夫を亡くした時点で自分が悲しむばかりで、娘のケアができなかったことは、母子の関係に致命的な亀裂を生んでいた。そして、打ちひしがれ続ける自分から、離れていった、娘。彼女は、母より大人にならざるを得なかった。

それでも、娘が自分のもとへ戻ってくると強い期待を抱いていたジュリエッタのエゴと罪悪感の日々が苦々しく回想される。

娘のためにバースデーケーキを3年間用意し続け、それを一口も食べずに捨てる儀式の重々しさ。自責の念が、自分をじわじわと苦しめていく様子が痛々しくつづく。その傷を隠したまま日々を重ねてきたつらさを想像する。そして、新しい生活をしても軽くなることのない重しとなってジュリエッタの影はさらに深くなっていく。

 

母であり、人であり、娘であり、人である

母を、娘を一人の人格として認められるかが、この母子の間には欠けていた。それでも、娘は自分から離れた時点で、母より先に大人になっていたのだ。

心神喪失の時期に母が娘に甘える姿は、娘を満足させると同時に深く傷つけていたのだはないだろうか。頼るべき母の存在が見えない中、娘は相手が逃げ出したくなるほど友人にすがっていた。当の母親はそれにすら気づかないままもがいていた。

守っているようで守られている。誰かのために何かをする自己犠牲の精神は、自己満足の精神とかなり近いところにある。その相手が不在になってしまうと、どうやって生きればいいのかわからなくなってしまう人もいるだろう。ジュリエッタのように。

親は子供を保護する役割をいつか終える。

保護する関係から、大人として対等に向き合うための移行期間が必ず必要だ。その時期をうまく乗り越えられなかったケースが作品の二人に当てはまる。すがられるだけの存在でも、すがるだけの存在でもない新しい親子関係を構築する巣立ちの時期を、夫の死という最悪な出来事とともに迎えてしまった。運命のいたずらが、ふたりの人生の歯車を狂わせた。

 

誰もが希望を見出すラストへ

娘を見失ったジュリエッタのように。ぬけがらのまま後悔を抱いている彼女を支えたのは、運命的な一通の手紙だった。マドリードのアパートメントで待ち続けたジュリエッタが、自分の人生を取り戻すことができたのは、めぐりあわせとしか思えない。小さくて、やさしい奇跡。

 

人生の中で、きっと後悔を晴らすチャンスがめぐってくると自分にも思えるような優しい視線を感じる。立場も、住む場所も違うけれど、どこか自分にも引き寄せて考えられる。

「オールアバウトマイマザー」「ボルベール」など、人生を俯瞰するような作品が魅力的なペドロ・アルモドバル監督。取り立てて大きなドラマのあるわけでもない、一人の女性の人生に起こる幸せと不幸せ、絶望と希望を巧みに描き出している。

漁師の街、アンダルシアの田舎、都会的なマドリードと、カラフルなスペインのいろいろな地域性が見られるのもこの作品の素敵なところ。旅をするように、過去に落としてなくした物を、拾いに行くことができる、そんな希望を感じるあたたかい作品でおすすめ。

 

オール・アバウト・マイ・マザー [DVD]

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ボルベール<帰郷> [DVD]

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 ※カナダの女性作家アリス・マンローによる原作「Runaway」は読んでみたい。8つの短編からなり、そのうちの3つが「ジュリエッタ」で表現されている様子。日本語はまだない様子。

Runaway

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